はじめに

モンゴルの首都ウランバートルの街を歩くと、ある不思議な光景に気づきます。
走っている車の多くがトヨタ車なのです。
プリウス、ランドクルーザー、カローラ。
まるで日本の地方都市のような光景ですが、ここは人口約340万人の中央アジアの国、モンゴルです。
しかも、この現象は一見すると不思議です。
モンゴルに住む日本人は多くありません。
外務省の統計によると、日本人の在留者数は 約1,400人程度 にすぎません。
さらにモンゴルは右側通行の国。
日本の中古車に多い右ハンドル車は、本来なら使いやすい環境とは言えません。
それにもかかわらず、モンゴルでは
「車の大多数がトヨタ」と言われるほどトヨタ車が多い
という独特の状況が生まれています。
なぜ、遠く離れたモンゴルの街で、これほどまで多くのトヨタ車が走っているのでしょうか。
その背景には、日本中古車市場との結びつきや、極寒環境でも動く耐久性、そして世界規模で広がるトヨタの流通ネットワークといった、複数のビジネス構造が関係しています。
ここから先は、モンゴルでトヨタ車が圧倒的シェアを持つ理由を、海外ビジネスの視点から見ていきます。
モンゴルでトヨタ社が多い理由
1. 日本中古車輸入という巨大市場

モンゴルでトヨタ車が多い最大の理由は、日本中古車の大量流入にあります。
モンゴルでは新車市場よりも中古車市場が圧倒的に大きく、街を走る車の多くが輸入車です。
その輸入車の中でも、日本から来た中古車が大きな割合を占めています。
では、なぜ日本の中古車がモンゴルに大量に流入しているのでしょうか。
背景には、モンゴル特有の自動車市場の事情があります。
まずモンゴルは、国内に大きな自動車メーカーがなく、新車は基本的に輸入に頼っています。
しかし、新車は価格が高く、多くの人にとって手が届きにくい存在です。
そこで需要が高まるのが中古車です。
そして世界の中古車市場の中でも、日本の中古車は非常に人気があります。
その理由は、
・状態が良い
・整備履歴が明確
・走行距離が比較的少ない
・価格が比較的安い
といった特徴があるためです。
日本では車検制度や税制の影響もあり、比較的早い段階で車を買い替える文化があります。
その結果、まだ十分に使える車が中古市場に大量に出てきます。
この中古車を輸出業者が購入し、海外へ輸出することで
日本の中古車市場
↓
輸出業者
↓
モンゴルの中古車市場
という流通ルートが形成されています。
そして、日本国内で最も販売台数が多いメーカーがトヨタです。
つまり、
日本で多く売れる
↓
中古車市場でも流通量が多い
↓
海外中古車市場にも多く輸出される
という構造によって、モンゴルの中古車市場でもトヨタ車が多数を占めるようになったのです。
2. 中古車輸入規制の緩さが市場を作った

モンゴルで日本中古車が広く普及した背景には、中古車輸入に対する規制の緩さもあります。
多くの国では、環境規制や産業保護の観点から中古車輸入に制限があります。
例えば、車齢制限(○年以内の車のみ輸入可能)を設けたり、輸入台数を制限したりするケースも少なくありません。
しかしモンゴルでは、長い間こうした規制が比較的緩く、中古車の輸入が活発に行われてきました。
その結果、日本の中古車オークションから輸出された車がモンゴル市場に流れ込み、都市部を中心に中古車市場が急速に拡大しました。
そして、日本車の中でも流通量が多かったのがトヨタです。
日本国内で販売台数が多いトヨタ車は、中古車市場でも圧倒的な供給量があります。
そのためモンゴルの輸入中古車市場でも自然とトヨタ車が多くなり、現在のような「トヨタが街中を走る風景」が形成されていきました。
3. −40℃の国で評価されるトヨタの耐久性

モンゴルでトヨタ車が多い理由として、もう一つ重要なのが過酷な自然環境です。
モンゴルは世界でも有数の寒冷地域で、冬には気温が−30℃〜−40℃
に達することも珍しくありません。
このような環境では、車のトラブルも起きやすくなります。
例えば、
・エンジンがかかりにくい
・バッテリーが弱る
・部品が凍結する
といった問題が日常的に発生します。
そのため、モンゴルでは車選びにおいて「壊れにくさ」が非常に重視されます。
こうした環境で評価されているのがトヨタ車の耐久性です。
トヨタの車は、世界中の過酷な地域で使われてきた実績があります。
特に
・ランドクルーザー
・ハイラックス
といった車種は、砂漠や山岳地帯など厳しい環境でも使われることが多く、耐久性の高さで知られています。
また、プリウスやカローラのような乗用車も、燃費性能と故障の少なさから人気があり、モンゴルの都市部ではタクシーとして広く使われています。
こうした背景から、モンゴルでは
「壊れにくい車=トヨタ」
というイメージが広まり、結果としてトヨタ車の普及につながってきたのではないか、と考えられます。
4. 世界中で修理できる整備ネットワーク

モンゴルでトヨタ車が多い理由として、もう一つ見逃せないのが修理や整備のしやすさです。
モンゴルでは、日本のようにメーカーごとのディーラー網が整備されているわけではありません。
そのため、車選びにおいて重要なのは「どこでも直せる車であること」です。
トヨタ車は世界中で販売されており、流通台数が非常に多いという特徴があります。
その結果、
・部品が手に入りやすい
・中古部品の流通も多い
・整備経験のあるメカニックが多い
といった環境が自然と形成されています。
例えば、ランドクルーザーやハイラックスといった車種は、アフリカや中東、南米など世界各地で使われており、修理ノウハウも広く共有されています。
こうした「整備できる環境」があることで、モンゴルでもトヨタ車は安心して使える車として選ばれ続けてきました。
つまり、トヨタの強さは単に車の性能だけではなく、世界中で維持できる仕組みにも支えられていると言えるでしょう。
5. 大気汚染対策がハイブリッド車普及を後押し

モンゴルでトヨタ車、特にプリウスが多い理由として、大気汚染対策の影響も挙げられます。
モンゴルの首都ウランバートルは、冬になると深刻な大気汚染に悩まされる都市として知られています。
世界保健機関(WHO)の調査では、ウランバートルのPM2.5濃度は冬季にWHO基準の数十倍に達することもあるとされ、世界でも大気汚染が深刻な都市の一つと指摘されています。
こうした背景から、モンゴル政府は環境対策の一環としてハイブリッド車に対する輸入税の優遇政策を導入しました。
具体的には、2010年代に入ってから
・ハイブリッド車の輸入関税の減免
・環境性能の高い車両への税制優遇
などの措置が取られ、低燃費車の普及が後押しされました。
この政策の影響もあり、日本から輸入される中古ハイブリッド車が急増します。
特に日本国内で大量に販売されているトヨタのプリウスは中古車市場でも流通量が多く、モンゴルへの輸入が急増しました。
現在では、ウランバートルではプリウスをタクシーや個人車として利用するケースが多く、街中でも頻繁に見かける車種の一つになっています。
こうした環境政策と中古車市場の組み合わせが、モンゴルにおけるトヨタ車普及の一因となっています。
世界中で見られるトヨタ車
トヨタ車が街中で多く見られるのは、実はモンゴルだけではありません。
地域ごとに理由は異なりますが、トヨタ車は世界各地で広く普及しています。
例えば北米では、トヨタは長年トップクラスの販売台数を誇るメーカーの一つです。
カムリやRAV4などの車種はアメリカでも人気が高く、日常の移動手段として広く利用されています。近年はSUV需要の拡大もあり、トヨタ車の存在感はさらに高まっています。
ヨーロッパでは、厳しい環境規制を背景にハイブリッド車の需要が拡大し、トヨタのハイブリッド技術が評価されてきました。
プリウスやヤリスなどのハイブリッド車は欧州各国で販売されており、環境性能を重視する市場で一定の存在感を持っています。
中東地域では、ランドクルーザーやハイラックスなどの車種が広く利用されています。
砂漠や未舗装道路など過酷な環境でも走行できる耐久性の高さから、個人利用だけでなく政府機関や企業の車両として採用されることも多く、トヨタ車は信頼性の高い車として認識されています。
アフリカでも、ランドクルーザーは物流やサファリなどの現場でよく使われています。
整備のしやすさや部品の入手のしやすさから、国際機関やNGOの活動車両として採用されることも少なくありません。
またオセアニアや中央アジアでは、日本から輸出された中古車が多く流通しています。
例えばフィジーなどの太平洋の島国では、日本の中古車が個人の移動手段として広く利用されています。
中央アジアやモンゴルでも、日本から輸出された中古車が大量に流入しており、日本車が街中の多くを占める光景が見られます。
このように、トヨタ車は北米・ヨーロッパ・中東・アフリカ・オセアニア・アジアなど、世界のさまざまな地域で普及しています。
モンゴルの事例は、その中でも中古車流通や政策、環境条件など複数の要因が重なり、特にトヨタ車の存在感が際立っているケースと言えるでしょう。
この事例から見えるポイント
モンゴルの街を走る多くのトヨタ車は、単に一つのメーカーの車が人気というだけの話ではありません。
その背景には、中古車市場、環境政策、整備ネットワークなど、複数の要素が重なった構造があります。
こうした構造はモンゴルだけの特殊な現象ではなく、世界各地でトヨタ車が広く普及している背景にも通じるものです。
この事例をビジネスの視点で整理すると、いくつかの重要なポイントが見えてきます。
1. 新車だけでなく「中古市場」まで含めたエコシステム
トヨタ車がモンゴルで多い理由の一つは、日本国内で大量に販売されていることです。
日本で多く販売される
↓
中古車市場に大量に流通する
↓
海外へ輸出される
↓
新興国で普及する
このように、新車販売だけでなく中古車市場まで含めたグローバルな流通構造が形成されています。
つまりトヨタは、新車販売にとどまらず、中古車流通を通じて世界各地に車が広がる市場エコシステムの中心にあるブランドと言えます。
この構造は、日本国内での販売台数の多さや長年のブランド信頼があるからこそ成立しているものです。
結果として、日本の中古車市場を起点にトヨタ車が世界各地へと広がる流通構造が生まれています。
こうした仕組みは長い時間をかけて形成されたものであり、他のメーカーが簡単に再現できるものではありません。
2. 過酷な環境ほど「信頼性」が価値になる
モンゴルのような寒冷地域では、車のデザインやブランドよりも壊れにくさが重要な選択基準になります。
極寒の環境でも安定して動くという評価は、生活に直結する重要な価値です。
トヨタは長年にわたり「壊れにくい車」というブランドイメージを築いてきました。
その結果、モンゴルのような過酷な環境でも選ばれ続けています。
実際、砂漠地域の中東や物流が厳しいアフリカなどでも、耐久性を理由にトヨタ車が広く利用されています。
つまり、信頼性はグローバル市場で最も強いブランド資産の一つと言えるでしょう。
3. 「整備インフラ」と「政策」が普及を加速させる

トヨタ車は世界中で販売されているため、部品や整備ノウハウが広く流通しています。
その結果、
・部品が入手しやすい
・中古部品も多い
・整備経験のあるメカニックが多い
といった環境が自然と形成されます。
さらにモンゴルでは、大気汚染対策としてハイブリッド車への税制優遇が導入されました。
この政策により燃費性能の高いハイブリッド車の輸入が増え、その中でも中古車市場に多く流通していたトヨタのプリウスが広く普及しました。
このように、製品の性能だけでなく整備インフラや政策といった市場環境も普及のスピードを大きく左右します。
新規事業を考える上での示唆

モンゴルのトヨタ車の事例は、自動車業界だけの話ではありません。
新規事業を検討する上でも重要な示唆が見えてきます。
多くの場合、新規事業では「優れた製品を作ること」に注目が集まりがちです。
しかし実際には、製品そのものだけで市場が広がるとは限りません。
モンゴルの事例を見ると、
・中古車市場という流通構造
・整備ネットワークというインフラ
・政策や環境規制といった制度
といった複数の要素が重なることで、トヨタ車が広く普及する市場環境が形成されています。
つまり、重要なのは「製品」ではなく「エコシステム」という視点です。
新規事業においても、単に製品やサービスを開発するだけでなく、
・どのような流通構造が生まれるのか
・誰がそれを支えるインフラになるのか
・政策や制度とどう関係するのか
といった周辺の仕組みまで含めて設計することが重要になります。
トヨタ車が世界中で走っている背景には、こうしたエコシステムの設計と積み重ねがあります。
モンゴルの街に広がるトヨタ車の風景は、「製品が広がる仕組み」を考える重要性を示す象徴的な事例と言えるでしょう。
【まとめ】モンゴルのトヨタ車だらけの街が示すもの
モンゴルの街を走る多くのトヨタ車は、偶然生まれた現象ではありません。
日本の中古車市場との結びつき、過酷な環境で評価される耐久性、世界中に広がる整備ネットワーク、そして環境政策など、複数の要素が重なった結果です。
こうした構造はモンゴルだけに限らず、世界各地でトヨタ車が普及している背景にも共通しています。
北米、ヨーロッパ、中東、アフリカ、オセアニアなど、地域ごとに事情は異なるものの、トヨタ車が多く見られる国や地域は少なくありません。
この事例が示しているのは、優れた製品が世界に広がるときには、製品そのものだけでなく、流通・制度・インフラといった仕組みも含めて価値が形成されるという点です。
モンゴルの街に広がるトヨタ車の風景は、トヨタという企業の強さだけでなく、グローバルビジネスにおけるエコシステムの重要性を示す象徴的な事例と言えるでしょう。


