「新しい事業を立ち上げたいけれど、どう進めればいいのか分からない」
そんな悩みは、多くの企業に共通するものです。
一般的には、シーズ(自社の強み)やニーズ(顧客の課題)を出発点に進めるのが定石とされます。
しかし、音楽・映画・アニメ・ゲームなど「エンタメ領域」では、その手法だけでは限界があります。
多くの研究/事例が示すように、エンタメ業界のユーザーは傾向として「便利さ」だけでなく「ワクワク感」や「没入体験」を強く求めるからです。
つまり、機能改善や利便性向上だけでは満足してもらえず、心を動かす“新しさ”が必要になります。
この記事では、
・一般的な新規事業開発の流れ
・エンタメ業界に特有の課題と有効なアプローチ
・成功のために意識すべきポイント
を整理して紹介します。
一般的な新規事業開発の流れ
まずは基本的なプロセスを押さえておきましょう。これは多くの企業で採用されている王道ステップです。
1.アイディア創出
・シーズ発想(自社起点)
→ 自社の経営資源(技術、人材、ノウハウ)からアイディアを考える。
例:既存の映像制作技術をオンライン配信に応用する。
・ニーズ発想(顧客起点)
→ 既存顧客や新規ターゲットの課題から発想する。
例:コロナ禍でライブに行けないファンに向けた配信型ライブサービス。
2.ビジネスモデル化
・コンセプトを整理し、収益モデルや提供価値を定義する。
・サブスク、広告、投げ銭、物販連動などの収益手段を検討。
3.PoC(実現可能性の検証)
・顧客インタビューやテスト導入で仮説を検証。
・実際にユーザーが「お金を払ってでも使いたいか」を早期に確認。
4.MVP(最小実用製品)による検証
・完成品を作り込む前に、コア体験だけを形にしたMVPを用意する。
・ユーザーに実際に触れてもらい、利用行動や支払い意欲を確認する。
・検証の目的を明確にし(例:継続利用意向、課金意欲、SNSでの反応)、改善を繰り返す。
・机上の市場調査では得られない“リアルな反応”を通じて方向性を判断する。
5.事業立案・ローンチ
・事業計画を固め、本格展開へ。
・スモールスタートで改善を繰り返すのが成功率を高める。
この流れは製造業やBtoB領域と親和性が高い場合が多いですが、エンタメ業界にそのまま当てはめると「改善アイディア止まり」になりやすいという課題があります。

エンタメ業界における課題
エンタメ業界では、一般的な手法だけでは次のような壁に直面します。
・シーズ起点の限界
自社リソースから発想すると「技術をどう活かすか」になりがちで、ユーザーの心を動かす新規性に欠ける。
例:高画質配信は魅力的だが「既に他社もやっている」と感じられるケース。
・ニーズ起点の限界
既存ユーザーの要望に応える形になるため、改良や改善に溜まりやすい。
例:ファンからの「もっと見やすくしてほしい」という声に応えるUI改善だけで終わってしまう。
結果として、「面白いけれど、どこか既視感がある」というサービスが生まれやすいのです。
「革新性が弱い」「新鮮さに欠ける」という評価につながり、利用が一過性に終わってしまうリスクも大きくなります。
エンタメ業界ならではのアプローチ
こうした壁を超えるためには、トレンドや他社事例を積極的に取り込む視点が欠かせません。
1.テクノロジー・トレンド起点
エンタメ業界の新規事業開発においては、新しい技術や社会的トレンドを出発点にする発想が有効です。ただし重要なのは、単に「最新技術を取り入れる」ことではなく、ユーザーにとってどんな体験価値を生み出すのかを中心に据えることです。
① 技術の進化を「体験価値」に翻訳する
・新しい技術は、それ自体が目的ではなく、ユーザー体験を変えるための“手段”です。
・例えば、AR/VR技術が進化した場合、「高精細映像が出せる」ではなく「自宅にいながらライブ会場の一体感を味わえる」といった体験価値に翻訳することが大切です。
・考え方のポイント:
技術そのものではなく、「その技術によってユーザーの感情や行動がどう変わるか」を問い続ける。
②トレンドを「一時的な流行」と「構造的な変化」に分けて捉える
・流行には消費期限がある一方で、構造的な変化は長期的な市場の前提を変える。
・例:短期的な流行(特定SNSの一時的バズ) vs. 構造的変化(サブスク型消費の定着)。
・考え方のポイント:
どのトレンドが一過性か、どのトレンドが長期的なシフトなのかを見極め、自社の投資対象を判断する。
③ 自社の強みと「掛け算」して考える
・技術やトレンドは、そのまま導入すると「他社も同じことをやっている」状態になりがちである。
・自社のリソースや独自資産(IP、ファン基盤、制作力など)と掛け合わせることで、オリジナルな体験を生み出せる。
・考え方のポイント:
「この技術を使って、自社だからこそ実現できる体験は何か?」を起点に設計する。
④ 小さく試して、ユーザーの反応を確かめる
・新技術は話題性が先行しがちで、実際のユーザー体験や受容度が不透明な場合が多い。
・だからこそ、PoC(小規模検証)を通じて、ユーザーの行動変化や支払い意欲を早期に確認することが重要。
・考え方のポイント:
技術導入は「一気に本格展開」ではなく、「小さく試し、改善しながら拡張」という姿勢で臨む。

テクノロジー・トレンド起点を活かす3つの思考ステップ
- 技術を観察する:新しいテクノロジーや社会的トレンドを把握する
- 体験価値に変換する:「ユーザーの感情や行動がどう変わるか」に置き換える
- 自社に適用する:強みや資産との掛け算で、独自のサービスに再設計する
2. 他社・海外事例起点
エンタメ業界で新規事業を構想する際は、自社のリソースや既存顧客の声だけでは、どうしても「改善アイディア」にとどまりがちです。
そこで重要になるのが、他社や海外での事例を出発点にする発想法です。
ただし「単純な模倣」ではなく、あくまで自社に取り込むための考え方の枠組みとして活用することがポイントです。
① 同業事例から学ぶ考え方
・市場の当たり前を知る
まずは同業他社がどのような取り組みをしているかを観察することで、「今の市場で最低限期待される価値基準」を把握できます。
・差別化のヒントを得る
他社が成功している領域を「そのまま追随する」のではなく、「同じ仕組みを自社ならどう変えるか」 という観点で考えると、差別化されたサービスに発展しやすくなります。
② 異業種事例から学ぶ考え方
・仕組みを抽象化する
異業種の成功事例を見たときは、「そのサービスがなぜ支持されているのか」を分解して考えます。
例:金融業界の定額課金は「安心して利用し続けられる仕組み」という抽象概念に置き換えられる。
・構造を移植する
得られた抽象的な仕組みを、自社のコンテンツやユーザー行動に合わせて再設計する。
これにより、異業種の仕組みを“そのまま真似する”のではなく、“自社に最適化して応用する”ことが可能になります。
③ 海外事例から学ぶ考え方
・未来を先取りする
エンタメ業界では海外市場の方が新しいトレンドが先行することが多くあります。
海外事例を観察することで、数年後に日本でも普及する可能性があるテーマを早期にキャッチできます。
・文化の違いを読み解く
単に「海外で流行っているから日本でも導入」という発想ではなく、「その事例はどんな文化背景・消費行動に支えられているのか」を分析することが重要です。
そこから、日本市場に合わせて要素をアレンジする視点が必要になります。

他社・海外事例を活かすための3つの思考ステップ
- 観察する:事例を事実ベースで収集し、現象を理解する
- 抽象化する:その事例がなぜ成功しているのかを「構造」や「価値」に分解する
- 再設計する:自社の強みやユーザー層に合わせて形を変え、独自のサービスに仕立てる
このように「考え方」として整理すると、単なる“トレンドの後追い”ではなく、自社ならではの新規事業を生み出す土台として活用できることが伝わります。
成功する新規事業の3つの条件
エンタメ業界で新規事業を成功させるには、次の3つが重要です。
1. ユーザー体験を中心に設計する
・便利さより「感情を動かす仕掛け」を重視する。
・単なる視聴体験ではなく、「参加感」「共感」を設計することが鍵。
・例:ファンがストーリー展開に投票できるドラマ、双方向型ライブ配信。
2. トレンドと事例を常にキャッチアップする
・技術やサービスは日々進化するため、柔軟に取り込む姿勢が欠かせない。
・特にエンタメは「旬」を逃すと話題性が急速に落ちる。
・海外動向やZ世代の価値観を常時ウォッチし、自社に合わせてアレンジ。
3. 素早く検証し、改善を繰り返す
・完成度を高めてから出すのではなく、MVP(最小限の試作品)で市場の反応を確認。
・小さく始めて、うまくいけばスケールさせる。
・NetflixやSpotifyも、初期の限定的なコンテンツ・機能から成長していった事例。

まとめ
・一般的な新規事業開発は「シーズ・ニーズ起点」で着実に進むが、エンタメ領域では革新性が不足しやすい
・トレンドや他社・海外事例を取り込み、幅広い視野で発想することが成功のカギ
・成功のためには「ユーザー体験」「トレンド感」「スピード感」が不可
エンタメ業界の新規事業は、他業界と比べても「発想の広さ」と「スピード感」が求められます。
まずは、身近なサービス事例や海外トレンドをキャッチアップし、自社ならどう活かせるかを考えることから始めてみてはいかがでしょうか。

